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未来の消費者: Life in 2035:2035年、買い物は没入感のある購買体験へ
未来の消費者: Life in 2035:2035年、買い物は没入感のある購買体験へ
― 仮想空間での購買環境に備え、マーケティングは何を変えるべきか ―
2035年の買い物は、いま私たちが知っているECの延長線上にはないかもしれません。検索窓に商品名を入れ、一覧から価格やレビューを比較し、カートに入れて購入する。そうした買い方は残るとしても、生活者にとっての「よい買い物体験」は、もっと大きく変わっている可能性があります。
商品ページを見るのではなく、仮想空間の売り場に「入る」。棚の前を歩き、気になる商品を手に取り、角度を変えて眺め、色やサイズを試し、必要なら販売員やAIアバターに質問する。友人や家族、あるいは同じ場にいる他の購買者の反応を見ながら、「これ、自分に合うかな」と確かめる。
それは、現在のECよりも、消費者自身が仮想空間の中を移動し、商品や売り手、他の参加者と相互作用しながら購買判断を進めていく、より没入的で参加型の買い物体験に近いものかもしれません。
この未来は、単なる空想ではありません。近年のVR店舗やライブコマースに関する研究は、すでにその兆しを示しています。没入型VRのファッション店舗では、通常のデスクトップ型の仮想店舗よりも、買い物の楽しさ、商品の理解しやすさ、体験全体の評価が高まり、滞在時間も長くなる傾向が確認されています。食品の仮想店舗研究でも、消費者の知覚は実店舗と大きく乖離せず、仮想空間でも購買行動が十分に成立し得ることが示されています。
仮想空間は、リアルの代用品ではなくなる
重要なのは、仮想空間の売り場が「リアル店舗に行けないときの代替手段」ではなくなっていくことです。2035年には、生活者にとってそれは、リアル店舗やECサイトと並ぶ自然な購買環境のひとつになっているでしょう。
いまのマーケティングは、まだ多くの場合、「商品をどう見せるか」「広告でどう認知させるか」「ECでどう買わせるか」を中心に設計されています。しかし2035年の購買環境では、それだけでは不十分です。問われるのは、商品をどのような「世界観」の中で体験させるかです。
これまでの商品ページは、写真、スペック、価格、レビューで構成されていました。未来の売り場では、それに加えて、空間、動線、会話、試用、参加感、他者の存在、ブランドの物語が一体になります。マーケターは、広告担当者であるだけでなく、体験設計者、空間編集者、コミュニティ運営者のような発想を持つ必要が出てきます。
買い物では、商品が背景の体験ごと選ばれる
たとえばアパレルであれば、単に服を美しく撮影するだけでは足りません。消費者は、自分のアバターに着せ、街を歩かせ、友人の反応を見て、ライブ配信でAIに素材感を質問し、購入後の着用シーンまで想像したうえで買うようになるかもしれません。
食品であれば、産地のライブ配信を見ながら、生産者の説明を聞き、その場で収穫や漁の様子を疑似体験し、他の視聴者のコメントを見ながら購入する。観光地の商品であれば、バーチャルツアーで地域の空気に触れ、その体験の余韻の中で特産品を買う。買い物は、商品単体ではなく、背景の体験ごと選ばれるようになります。
これは、マーケティングリサーチのあり方も変えるはずです。従来の調査では、「この商品を買いたいですか」「この広告を見てどう思いましたか」と尋ねることが中心でした。しかし2035年には、消費者の意思決定は、もっと動的で、場に左右されるものになり、調査すべきものは、個別評価ではなく「体験中の変化」になるのではないでしょうか。
仮想店舗内でどこを歩いたか。どの商品を手に取ったか。どの情報を見た後に迷いが減ったか。誰のコメントに反応したか。どの瞬間に購入意向が高まったか。これからのリサーチは、回答を聞くだけでなく、仮想空間内の行動そのものを観察する方向へ広がっていくでしょう。
購買者はアンケート上で「価格を重視する」と答えていても、実際の仮想売り場では、ライブ配信の熱量や他者の反応、商品の見せ方に強く影響されるかもしれません。未来のマーケティングでは、意識データと行動データを分けて考えるだけでなく、「体験中に態度がどう変化するか」を捉えることが重要になります。
購買は、一対一の誘導から「参加型のブランド体験」へ
もうひとつ大きな変化があります。2035年のEC購買者は、ひとりで買い物をしていない可能性が高いということです。
最近のライブコマース研究が示すように、消費者は配信者の説明だけでなく、コメントへの反応、視聴者同士のやり取り、場の一体感からも影響を受けます。つまり、購買は一対一の説得ではなく、多人数が参加する「参加型のブランド体験」になっていきます。
これは、マーケターにとって非常に重要な警鐘です。これまでのマーケティングは、ブランドから消費者へ、企業から個人へ、メッセージを届ける発想が中心でした。しかし未来の購買環境では、ブランドが語ること以上に、消費者同士がその場で何を語り合うかが重要になります。
ブランドは、もはや一方的に世界観を提示するだけでは足りません。消費者が参加し、質問し、共有し、時には他の消費者を後押しするような場をつくる必要があります。2035年の強いブランドとは、きれいな広告を出すブランドではなく、人々が入りたくなる購買体験の世界を持っているブランドなのかもしれません。
ただし、この未来は明るいことばかりではありません。没入型の購買環境は、消費者の納得を深める一方で、衝動買いを強める可能性もあります。限定感、ライブ感、他者との競争、配信者への好意、仮想空間の楽しさ。これらは購買を後押しする強力な要素になります。
だからこそ、2035年のマーケティングには倫理も問われます。没入感を使ってただ買わせるのか。それとも、消費者がよりよく理解し、納得し、自分に合う選択をするために使うのか。この差は、ブランドの信頼を大きく左右するでしょう。
未来の購買環境では、消費者はますます「体験上手」になります。つまらない仮想店舗、押し売りのようなライブ配信、表面的なメタバース施策にはすぐに飽きるでしょう。VR研究のレビューでも、VRの効果は単なる目新しさだけでは持続しない可能性が指摘されています。2035年の消費者は、新しい技術そのものに驚くのではなく、「その体験が自分の選択に本当に役立つか」を見ています。
2035年に向けたパラダイムシフト
いま、多くの企業は「ECを改善する」「SNSを運用する」「動画を活用する」「店頭体験を高める」といった施策を、別々のものとして扱っています。しかし2035年には、それらはひとつの購買環境として統合されているはずです。
仮想店舗で見た商品をリアル店舗で確かめる。ライブ配信で知った産地を旅行で訪れる。店舗で試した商品を自宅の仮想空間で家族と相談して買う。購買行動は、チャネルをまたいで流れるものになります。そのとき、「店舗」「EC」「広告」「リサーチ」「CRM」を別々に考えている企業は、消費者の体験創出についていけなくなるかもしれません。
2035年に向けたマーケティングに必要なパラダイムシフトは、明確です。商品を売る発想から、購買体験の世界を設計する発想へ。接点を増やす発想から、接点同士をつなげて物語化する発想へ。消費者を説得する発想から、消費者が参加しながら納得する場をつくる発想へ。
未来の売り場は、棚ではなく、世界です。未来の商品ページは、情報ではなく、体験です。未来の購買者は、受け手ではなく、参加者です。
2035年の消費者は、リアルとバーチャルを区別しながらも、どちらか一方に依存することはありません。必要に応じて仮想空間で試し、ライブの場で質問し、リアル店舗で確かめ、オンラインで買い、またコミュニティに戻って感想を共有する。そんな購買行動が、当たり前になっているかもしれません。
だからこそ、いま問われているのは「VRを導入するかどうか」ではありません。自社のマーケティングは、2035年の購買者が入り込みたくなる世界を持っているか。その世界で、消費者は楽しく、迷わず、納得して選べるか。そして、その体験はブランドへの信頼を積み上げているか。この問いに答えられないままでは、未来の売り場に立つことは難しいでしょう。
2035年の購買環境は、もう遠い未来ではありません。いま取り組んでいる小さくアジャイルな実験や試験的取り組みの積み重ねが、10年後の当たり前をつくっていくのです。
参考文献
• Ricci, M. et al. (2023). Immersive and desktop virtual reality in virtual fashion stores: a comparison between shopping experiences.
• Lombart, C. et al. (2020). Effects of Physical, Non-Immersive Virtual, and Immersive Virtual Store Environments on Consumers’ Perceptions and Purchase Behavior.
• 碇 朋子 (2025). ECにおける「ライブコマース」活用の効果と課題およびその可能性.
• 福田 怜生 (2023). 消費者を対象としたマーケティングにおけるVR研究 – 近年の研究に関するレビュー.
• Moes, A. & van Vliet, H. (2017). The online appeal of the physical shop: How a physical store can benefit from a virtual representation.
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